労災に遭った労働者が、会社や第三者の責任を追求し損害賠償を求めて裁判を起こすケースは珍しくありません。会社や第三者に落ち度がある事故についての損害賠償請求は、被災労働者の権利です。
とはいえ、損害賠償請求を行うには、法的根拠や専門的な手続きが必要です。これら無くして損害賠償請求の裁判を起こすことはできません、
そこで今回は、労災に関して、会社や第三者に対する損害賠償請求の裁判を起こす場合の条件や手続きの流れ、事例などについて、詳しく解説していきます。
労災の損害賠償請求をしたい場合
労災にあった労働者は、加入している労災保険から補償を受けることができます。療養にかかったお金を補償する「療養(補償)給付」や休業を余儀なくされた場合に給付される「休業(補償)給付」などがその例です。
とはいえ、労災保険の補償は被災労働者にとって十分なものではありません。
なぜなら、労災保険で補償される「休業(補償)給付」はそれまでの賃金の100%ではなく、また「労災によって被った精神的苦痛に対する慰謝料」も給付されないためです。
そこで検討されるのが、損害賠償請求です。労災保険とは別に、会社や第三者に対し、慰謝料を含む損害の補填を求める方法です。
損害賠償請求では、労災保険では補償されない部分の補償を会社や第三者に請求することができます。損害賠償請求によってより手厚い補償を受けることは、被災労働者の生活の安定に繋がります。
損害賠償請求できるケース
会社や第三者に労災の損害賠償請求を行うには、法的根拠が必要です。その法的根拠の代表的なものが、「安全配慮義務違反」「使用者責任」「工作物責任」「第三者行為災害」。
順に詳しく見ていきましょう。
安全配慮義務違反
安全配慮義務違反とは、安全配慮義務を会社が果たしていなかったという法律違反のことを言います。この安全配慮義務とは、「労働契約を結ぶ労働者が生命と身体の安全を確保しながら働けるよう配慮すること」を指します。
例えば、劣悪な環境下での労働や過重労働、施設・設備不良などによる労災は、使用者による安全配慮義務違反によるものとして、損害賠償請求の対象となります。
使用者責任
使用者責任とは、従業員が業務中に他人へ損害を与えた場合、その従業員を雇っている会社や監督者も賠償責任を負うという決まりのことです。
例えば、従業員がミスによって他の従業員に怪我させた場合、従業員だけでなく会社や監督者も損害賠償請求の対象となります。
工作物責任
工作物責任とは、工作物の設置や保存の瑕疵によって他人に損害を与えた場合、その工作物の所有者が賠償責任を負うということを指します。
例えば、会社の階段の手すりが壊れていたり、現場の足場が崩れたりして従業員が怪我を負った場合、会社は賠償責任を問われる可能性があります。
第三者行為災害
第三者行為災害とは、第三者(労災保険の受給権者、事業主、政府以外の人)の行為などによって発生した労災事故を指します。この場合、第三者は被災労働者に対する損害賠償責任に問われます。
例えば、従業員の機械操作ミスによって他の従業員が怪我を負った場合、操作をミスした従業員は損害賠償を請求される可能性があります。
損害賠償請求できるお金
損害賠償請求できるお金は、「財産的損害」と「精神的損害」の2種に分かれます。
そして、さらに「財産的損害」は、労災が起こらなければ発生しなかったであろう費用を指す「積極損害」と労災が起こらなければ被災労働者が将来得ているはずだった利益の喪失を指す「消極損害」に分かれます。
具体的な項目を分類しながら表で見ていきましょう。
財産的損害 | 精神的損害 |
【積極損害】
・治療費 ・通院交通費 ・介護費用 ・葬儀費用 ・将来発生するリフォーム費用 ・弁護士費用 等 |
・入通院慰謝料
・後遺障害慰謝料 ・死亡慰謝料 |
【消極損害】
・休業損害 ・逸失利益(将来得るはずだった利益の喪失) |
ただし、同一の事由に関して、労災保険と損害賠償両方から満額の補償を受けることはできません。労災保険と損害賠償両方を請求した場合には、二重補填を防ぐための支給調整が行われます。
裁判までの流れ
ここからは、労災が発生してから、損害賠償請求のための裁判を起こすまでの流れを確認していきましょう。民事訴訟の提起までには、以下の3つのステップがあります。
①労災保険への補償申請・労災認定
②会社や第三者との示談交渉
③会社や第三者に対する民事訴訟提起
それぞれのステップについて、順に見ていきます。
①労災保険への補償申請・労災認定
労災に遭って治療を受けたら、まずは労災保険に補償申請を行い、労災認定を受けます。
申請手続きについては、会社が代理で行ったり書類作成に協力してくれたりするのが一般的ですが、会社が手続きに協力的でない場合には自身で手続きを行い、書類提出時に会社の協力が得られない旨を労働基準監督署に伝えましょう。
②会社や第三者との示談交渉
会社や第三者に法的根拠のある落ち度があり損害賠償請求を行う場合でも、いきなり裁判を起こすのは稀です。多くの場合、まずは話し合いによる示談交渉を試みます。
示談は裁判と比較して問題を早期解決できる点がメリットですが、納得のいく交渉ができなかった場合には、裁判による解決を検討することになります。
③会社や第三者に対する民事訴訟提起
示談が成立しなかった場合、民事訴訟を提起し、裁判で問題解決を図ります。
裁判では法的根拠や証拠が求められるため、労働者個人で全てを行うのは困難です。弁護士を立てて、法廷で争うことになるでしょう。
民事訴訟の流れ
次に、民事訴訟の大まかな流れについて確認しておきましょう。
◆労災トラブルにおける民事訴訟の流れ
1.被災労働者による訴訟提起
2.裁判所から会社(第三者)へ訴状の送付
3.会社(第三者)は訴状に対する答弁書作成、裁判所に提出
4.裁判所への出頭
5.裁判所が和解案を提示
6.双方が合意すれば和解により訴訟終了、合意しなければ裁判所が損害賠償請求の認否や金額を決定
民事訴訟にはある程度の時間と労力が必要です。そのため、まずは民事訴訟よりもスピーディーな問題解決が見込める労働審判を利用し、それでも解決しない場合に民事訴訟へと移行するケースも見られます。
労災認定の内容に不服がある場合
ここまでご紹介してきたように、労災に関して会社や第三者に法的根拠に基づく落ち度があった場合、被災労働者は労災保険からの補償とは別に、会社や第三者への損害賠償を請求することが可能です。
では、「労災が認定されなかった」など、会社や第三者ではなく、労災認定の内容に不服がある場合には、どのように対応すれば良いのでしょうか。
労災認定の内容に不服がある場合の対応は、「審査請求」「再審査請求」「原処分に対する取消訴訟」の3つです。詳しく説明していきます。
審査請求
労働基準監督署長が行った保険給付に関する処分に不服がある場合には、労働者は労働災害補償保健審査官に対する審査請求を行えます。
審査請求の期限は、「決定があったことを知った翌日から3ヶ月以内」です。
再審査請求
審査請求での労働災害補償保健審査官の決定に不服がある場合や審査請求をして3ヶ月が経過しても決定がない場合には、労働者は労働保険審査会に対する再審査請求を行えます。
再審査請求の期限は、「決定書謄本が送付された翌日から2ヶ月以内」です。
原処分に対する取消訴訟
再審査請求での労働保険審査会の決定に不服がある場合には、国を相手に、原処分(労働基準監督署長の決定)に対する取消訴訟を地方裁判所へ申し立てることができます。
申し立ての期限は、「決定や裁決があったことを知った翌日から6ヶ月以内」です。
また、この取消訴訟は審査請求後に行うことも可能です。
労災に関する裁判例
最後に、労災に関して、会社に対する損害賠償が認められた裁判例をご紹介しましょう。
◆安全配慮義務違反による損害賠償請求が認められた事例
高血圧症のAさんは警備業務に就いていたが、ある日宿直室で脳梗塞を発症し、死亡した。
Aさんは脳梗塞発症前の約1ヶ月の間1日も休日がなく、その労働時間は320時間、拘束時間は432時間にも及んでいた。仮眠環境も整っていない中、Aさんはこのような状態の業務を12年間続けていた。
これを受け、Aさんの遺族はAの会社に対し、安全配慮義務違反を根拠にした2,000万円の損害賠償請求を行い、裁判所はこれを認め、会社に1,000万円の損害賠償支払いを命じた。
◆判決の根拠
・Aさんの労働時間は、明らかに労働基準法に違反しており、業務が過重であったと判断
・会社が健康診断や健康状態に応じた措置を取らなかったことは、安全配慮義務違反にあたる。
・年齢や持病、喫煙習慣の点を加味し、損害賠償額は減額となった。
(参考:厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」 事例紹介より)
まとめ
労災に関する損害賠償請求裁判についてご紹介しました。
損害賠償請求の手続きには、専門知識が求められます。また、示談にあたっての交渉力や裁判での追及力も必要でしょう。怪我や病気を負った方が、自身で全ての手続きに対応するのは困難です。
労災に関する損害賠償請求については、労災問題に強い弁護士にご相談ください。弁護士は、法的知識と経験により、労災請求や損害賠償請求に関する手続きを的確にサポートします。
法律のプロの手を借り、迅速で有利なトラブル解決を目指しましょう。