会社に雇用されている労働者は、万が一の怪我や病気に備え、労災保険に加入しています。労働者の労災保険加入は義務であり、加入させていない場合には事業主に対してペナルティが課せられることもあります。
しかし、これは雇用されている労働者の場合です。では、自身で事業を行なっている個人事業主は、労災保険に加入できるのでしょうか。
そこで今回は、個人事業主と労災保険について詳しくご説明しましょう。
個人事業主でも労災保険に加入できるか?
労災保険の対象となる「労働者」とは?
まずは、労災保険の対象となる「労働者」の定義について確認しておきましょう。
労災保険は、正式名称を「労働者災害補償保険」といい、労働災害に遭った「労働者」の生活をサポートするための保険です。
「労働者」とは、法律では以下のように定義されています。
<労働者の定義>
- 労働基準法第9条
- 職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者
- 労働組合法第3条
- 職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者
つまり、法律による「労働者」とは、労働によって賃金を受け取る者を指します。
個人事業主は、基本的に労災保険への加入ができない
前述したように、労災保険の対象となる労働者とは、労働によって賃金を受け取る者のことです。
一方の個人事業主は、会社に雇用されているわけではないため収入に賃金という概念がなく、労働者にはあたりません。よって、労働者を対象とする労災保険への個人事業主の加入は、基本的には認められません。
また、個人事業主に以外に、自営業者や家族従事者、代表権・業務執行権を有する役員、海外派遣者なども、日本における労災保険の対象外とされています。
ただし、上記のように労災保険の対象となっていない働き方をしている人の一部には、労災保険への特別加入が認められています。特別加入については次章で詳しくご説明しましょう。
労災保険の特別加入制度とは?
労災保険の特別加入制度とは、本来労災保険の対象にならない者に対し、一定の範囲で、任意加入することを認める制度です。
ただし、特別加入制度では申請した業務内容や時間の範囲でのみ、補償を受けられる形になります。また、給付基礎日額をいくらに設定するかによって、支払わなくてはならない保険料も変わります。これらの点は、通常の労災保険との大きな違いだと言えるでしょう。
特別加入制度の対象となる者は、「中小事業主」「一人親方」「特定作業従事者」「海外派遣者」と大きく4種に分けられます。順に、対象者の範囲と加入要件を見ていきましょう。
中小事業主等
●中小事業主等特別加入対象者の範囲
常時使用している労働者の数が、以下に当てはまる事業主
- 金融業・保険業・不動産業・小売業→労働者数50人以下
- 卸売業・サービス業→ 労働者数100人以下
- 上記以外→ 労働者数300人以下
前述の事業主の事業に従事している者(労働者以外。家族従事者や、代表者以外の役員等)
※労働者を通年雇用していなくても、年間100日以上労働者を使用している場合、常時労働者を使用しているものとする。
※工場や支店などが複数ある場合、それぞれの工場や支店で使用されている労働者の数の合計で判断する。
●中小事業主等の労災保険特別加入要件
- 雇用する労働者を労災保険に加入させていること
- 労災保険の事務を労働保険事務組合に委託していること
一人親方等
●一人親方等特別加入対象者の範囲
以下の事業を、常時労働者を使用せず一人で行う一人親方やその他自営業者(※労働者を使用する日が1年に100日未満の場合も加入可能)
- 自動車を使用して行う旅客又は貨物の運送の事業
- 建設事業
- 漁船による水産動植物の採捕の事業
- 林業の事業
- 医薬品の配置販売事業
- 再生利用の目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業
- 船員法第1条に規定する船員が行う事業
一人親方またはその他の自営業者が行う事業に従事する、労働者以外の家族従事者
●一人親方等の労災保険特別加入要件
- 一人親方等の団体(特別加入団体)に加入していること
特定作業従事者等
●特定作業従事者等特別加入対象者の範囲
以下のいずれかに該当する者※それぞれ一定の要件あり
- 特定農作業従事者
- 指定農業機械作業従事者
- 国又は地方公共団体が実施する訓練従事者(職場適応訓練従事者、事業主団体等委託訓練従事者)
- 家内労働者及びその補助者
- 労働組合等の常勤役員
- 介護作業従事者及び家事支援従事者
●特定作業従事者等の労災保険特別加入要件
- 特定作業従事者の団体(特別加入団体)に加入していること。
海外派遣者等
●海外派遣者等特別加入対象者の範囲
以下のいずれかに該当する者
- 日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される者
- 日本国内の事業主から、海外にある中小規模の事業(基準は前述の中小事業主と同じ)に、労働者ではない立場で派遣される者
- 開発途上地域に対する技術協力の実施事業(有期事業以外)を行う団体から派遣され、開発途上地域での事業に従事する者
※留学や現地採用は対象外
●海外派遣者等の労災保険特別加入要件
- 派遣元である事業主や団体が日本国内で行なっている事業(有期事業以外)で、労災保険に加入していること
個人事業主が労災保険に特別加入するメリット
個人事業主が労災保険に特別加入するメリットは、通常の労災保険と同じく、「業務における万が一の怪我や病気に対する補償」を受けられることです。
労災保険に特別加入している個人事業主が、申請した業務において労災を被った場合には、傷病の状態に応じて、以下のような補償を受けられます。
- 療養(補償)給付
- 休業(補償)給付
- 傷病(補償)年金給付
- 障害(補償)給付
- 遺族(補償)給付
- 葬祭料・葬祭給付
- 介護(補償)給付
通常の労災保険と同じく、労災保険の特別加入者には、傷病の状態によって上記のような給付金が出されます。業務により怪我や病気を負って通院が必要になったり働けなくなったりした時の治療費や生活を支えるために、給付金は役立ちます。
ただし、特別加入における給付日額は労働局を通した任意決定であり、内容に応じた保険料の支払いが必要となるので注意しましょう。
また、労災保険は国による補償制度であるため、安心感があるという点もメリットのひとつでしょう。
個人事業主が労災保険に特別加入する方法
次に、個人事業主が労災保険に特別加入する方法について確認していきましょう。
特別加入は、「特別加入申請書」を管轄の労働基準監督署に提出し、労働局の承認を受けることで成立します。
中小事業主の場合は中小事業主用の申請書を、一人親方や特別派遣労働者の場合は一人親方用の申請書を、海外派遣者は海外派遣者用の申請書を、労働保険事務組合や所属団体を通して、提出することになります。申請書には、「業務の具体的内容」や「業務時間」、「希望する給付日額」等を記載するので、給付日額に応じた保険料についても事前に調べておきましょう。
また、健康被害の可能性がある一定の業種に関しては、加入前に健康診断を受けなければならないこともあります。
個人事業主、フリーランスなど労災保険の加入対象者拡大の動き
前述の通り、労災保険の対象となるのは基本的には労働者のみです。
しかし近年では、個人事業主やフリーランスとして働く人々の労災保険への加入を加速させるべきとして、国の労働政策審議会が特別加入の対象を広げるべく、制度改正を行なっています。個人事業主やフリーランスには公的補償がほとんどなく、取引の立場的にも不利になることが多いことから、何らかの保護策が必要であると考えられたためです。
実際に、2020年冬には、「俳優や舞踊家、舞台監督などの芸能従事者」「作画監督らアニメーション制作従事者」「柔道整復師」の労災保険特別加入が合意されています。
今後も、個人事業主やフリーランスに対する補償は重視されていくと考えられることから、労災保険の特別加入対象は広がりを見せることでしょう。
まとめ
ご紹介してきたように、個人事業主は通常の労災保険には加入できません。しかし、個人事業主やその家族の安定した生活を守るために、一部の対象者に対しては、労災保険の特別加入制度が整備されています。
多くの仕事には、多少なりとも怪我や病気のリスクがあります。万が一への備えとして、対象となる個人事業主は、労災保険への特別加入を検討するようにしましょう。
また、労災関連のお悩みは弁護士に相談することも検討し、療養に専念するためにも、適切で速やかな手続きを心掛けましょう。